花蜜のしたたり

いい歳でもエロスがなければ生きていけない。

「不倫」叩き

「排他」「不寛容」が吹きすさぶ最近だが、「不倫」問題も極めて叩かれやすい。


ベッキー問題然り、私からすると他人の問題であって、一般市民にはなんら直接的影響がない事柄であるわけなので、他人がとやかく批判することではないと思うが、特に「女性から女性への」非難が強いように思う。


多くの場合、罵倒に近い言葉遣いが多く、criticismではなくて、blameだ。


もちろん、ある芸能人のように「医療用マリファナの普及」なんていう、他人を巻き込む企図があるクレイジーな発言や行動は非難されてしかるべきだと思うが、不倫を社会に広めようなんてことを目論むのは、1960年代70年代のヒッピーか石田純一くらいなもので、一般人の不倫なんて、少なくとも「自分には」関係ないはずだ。


にも関わらず、不倫に関するブログやライターの記事には、かなり語調の強い、言葉遣いの荒いコメントが「匿名で」投稿されている。


感じることと書くことはまったく別だと思う。


不倫を否定的に感じるのはもちろん自由だ。でも、ブログの作者や記事で取り上げられている人を叩く発言を「書き込む」ということは、投稿者から相手へのメッセージだ。


政治に関する批判などは「社会的」事柄であるので、共有するのも適当だと思うが、不倫問題などという極めて「個人的な事柄」を事情もさしてわからず非難するのはどうなのだろうか。


もちろん、ブログや記事で書いたら、そういうリスクがあることは織り込み済みでもあるし、「倫理的でない」事柄を書いている時点で「倫理的な」言説には敵わないわけだから、「全世界不倫正当化普及同盟」みたいな言動でない限りは、ある程度聞き流してくれたらいいと思うんだけどね。


移民流入容認か否かの話題に比べたら、まったくクリティカルじゃないでしょ?

 

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