花蜜のしたたり

いい歳でもエロスがなければ生きていけない。

パチンコ依存症の母

母はパチンコ依存症だ。


私が二十代半ばで結婚した直後からそんな兆候が現れ、しばらくするとカネを無心するようになってきた。


結婚してすぐに母親からそんな連絡があるもので、当時の妻との間の揉め事に発展していった。


私もまだ若く、知識と経験がなかったこともあり、時々半端にカネを貸した。いついつまでにいくら払わないと大変なことになる、というようなことを言われ、それに流されたところもあった。


あまり関わりたくなかったこともあり、適当に見て見ぬ振りをしていたところ、そんな事態はどんどんエスカレート。毎週末のように家の電話のベルが鳴った。受話器を取ると「ああ、私だけど、これからお父さんと死ぬから」なんていう、悲愴ともある種の脅しともいえるような電話をかけてくる。結局はカネの無心。私自身も軽いPTSDか、週末に電話のベルを聞くだけで動悸が早まるようになった。


仕方なく状況を調べていくと、すでに数百万円の借金になっていた。クレジットカード、ローン会社、サラ金等々。いっぺんに清算してしまおうと、私が銀行から百万円単位で借り入れをして、出来る限りの返済をさせようとした。でも、後に理解したが、この対応は大きな間違いだった。


結局、この段階で完済できていなかったことと、母のパチンコ依存そのものがまったく改善されていなかったこともあり、結局このカネは「焼け石に水」に終わることになる。


再び似たようなカネの無心が始まる。


ある日曜日、まだ寝ていたところ、ドアベルが「ピンポーン」。ドアを開けると母が立っている。私の家まで2時間位かかっていたはず。訊くまでもなく、カネを貸して欲しいと。その頃には私も弁護士と相談していたので、何があっても貸さないと決めていた。


そう伝えると、「この鬼っ!」と、母親に言い捨てられた。


これは、私の人生のなかで、最も心に残る言葉のひとつになっている。


もう細かい経緯は忘れつつあるが、その後も「これからお父さんと死にに行く」を何度も聞かされつつも、適当な弁護士を見つけ、「この人が整理してくれる」と連絡先を伝えて距離を置いた。


二進も三進もいかなくなった母は、とうとう弁護士に自己破産の手続きを委ねた。


その前後で、どこからいくら借りているのかを整理させたが、本人もわからなくなるほど多くの金融会社から借りていた。私が確認できただけで、1千万円以上。推察すると1千5百万円程度あったのではないか。


ここまでで約十五年かかった。私も四十を過ぎていた。
「かかった」というのは軽すぎる。「つきまとわれた」というのが正直な心情だ。


そんな母を制御できなかった父も五年ほど前に亡くなったが、母親はというと、何事もなかったように生きている。仕方なく時々会うことはあるが、私が貸したカネのことなどもう覚えていないのか、単にとぼけているのか、私の帰り際に「おこづかいね」なんていって、2万円くれたりする。


しかも、少し前まで不自然な複数枚のチョコレートを母の家で見かけることもあり、どうやらそれでもパチンコはやめていないようだ。


IR法案の是非は語らないが、そんなこともあって、パチンコなんていう産業が世の中から消えても、私は一向に構わない。

 

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